2010.08.3005:43
8月29日、日曜日
 先日市内のホテルにコーヒーを飲みにいった時の事。ホテルのお土産コーナーに、サイトウキネンフェスティバル関連で、ミニチュアの楽器がおいてあった。
 そのお土産コーナーには、高校時代の同学年の友人が品物を納入しているので、彼の店で買おうと出かけていった。残念な事にホテルにおいてあった品は他の業者が納めていたもので、目当てのものはなかったが、しばらく彼の店でコーヒーをごちそうになりながら世間話をして時を過ごした。
 彼は松本城に関連した仕事もしているのだが、最近は中国人の観光客が多いと言う。暑いので、仕事の合間に城内にある水道の蛇口から直接水を飲んでいると、中国人の観光客は皆びっくりして見ていると話してくれた。
 彼が言うには、水道の水が飲めるのは日本の他にはハワイやスイスなどごく一部の地域だけに限られているので、水道水を直接飲んでいる風景はすごく珍しいらしい。

 彼の話を聞いていて、松下幸之助の水道哲学の事をふと思った。多くの世帯が水道料金を払っているように、水道水にも対価がある。しかし、道行く人が、道端にある水道水を無断で飲んだとて咎める人もいない.その何気ない光景を見て、後に松下電器の経営指針ともなる水道哲学を思いついたのである。

 また、鈴木メソードを確立した鈴木慎一先生は、あるとき外国で小さな子が母国語(鈴木先生にとっては外国語)を当たり前のように話す姿を見て、幼児教育の素晴らしさと大切さに気づかれたと言う。

 ニュートンがリンゴが木から落ちるのを見て万有引力を発見したように、天才とは日常のありふれた光景から、素晴らしい発見をするものである。

 もとよりそのような天才たちの足元にも及ばない私ではあるが、身の回りに起きている事で、患者さんにもっと貢献出来る事ヒントが何か隠されていないか?今日はその事を頭の片隅において一日を過ごしてみよう。

 

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